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地雷を踏む人と踏まない人

2022年5月20日

地雷を踏むとは

どうも、この世の中には2種類の人間がいるらしい。

地雷を踏む人と、踏まない人だ。

地雷を踏む、とは例えば間が悪くてたまたま悪い面だけ上司などに目をつけられてしまう、とか、たまたま高速道路でスピードを出したときに覆面パトカーがいて捕まってしまうとか、だ。

しかし、本人は特に悪気はないし、悪い面というか、悪く”見えてしまう”だけのことが多く、実際にはきちんとしていたりちゃんとしていたりしても、”たまたま”のタイミングで上司に「こいつはポンコツだ」と思われてしまったり、「やる気がない」と思われてしまったりする。

ところが、その逆に、地雷を踏む寸前のところでそれらを「運よく」回避する人もいる。

たまたまスピードを出して、バックミラーを見ると後ろに覆面パトカーが赤いランプを出して追っかけてきた時に、「うわ〜最悪だ」と急にスピードを落として左の車線に変更すると、その覆面パトカーも赤いランプを引っ込めて追っかけてこない、とか。このカラクリは、高速道路でも300m以上スピード違反をしているところを赤いランプをつけたまま追いかけないと捕まえてはいけない、という法律があるから”たまたま”早く、パトカーに気づいて300m行かないうちにスピードを落とすことができたから、という「運が良かった」だけなのだが、どうやらその”たまたま”というのは偶然ではない気がした。

よく人生の「運が良い、悪はトータルするとフラットだから、今運がいいやつは将来の運を使っている」とかいう奴がいるが、そんなことはない。

「運が良いやつは、ずっと運が良いし、運が悪いやつはずっと運が悪い」のだ。

そんな不平等なことにはとっくの昔から気づいているはずなのに、ほとんどの人がそれを聞いてもいい気分にはならないだろうから、耳触りが良いことばかり言われている。「良い行いをしたら、良いことが起こります」とか「悪いことをするとお天道様が見ているから、いつか天罰がくだる」だとか。それも嘘だ。良いことをしていたって、良いことが起こらないことの方が多いだろうし、悪いことをしているのに、一向に天罰がくだらないやつだっている。世の中そんなものなのだ。

さて、話が脱線してしまったが、その「地雷を踏む人」と「地雷を踏まない人」にはどういう違いがあるのだろうか。

見た目が違う

まず、見た目が違う。運が悪そうなやつは、運が悪そうな見た目だし、運が良さそうな人は、運が良さそうな見た目だ。

そして、その人自身から醸し出される「オーラ」も違う。

「人は見た目が9割」という本が出版されるくらいなのだから、「見た目」と「運要素」が関係していそうなことは明白だ。

では、見た目をよくすれば、運もついてくるのだろうか?

これは特に実験をしたわけではないし、それを確かめた論文を読んだわけではないが、容易に想像できる。

美人が財布を落とした時と、ブスが財布を落とした時、どっちが他の人に拾ってもらいやすいだろうか?

美女が手を上げて、タクシーを呼び止める時と、ブスが呼び止める時、どちらの方がタクシーが停まってくれやすいだろうか?

「見た目は良い方が、いいに決まっている」のだ。

ただ、「整っている」と「なんだか魅力がある」のは少し違う気がする。

「イケメン!」と断言できなくても、「なんだか魅力的でモテるやつ」がいるし、見た目に関しては人からの評価で、一律に決めることはできないのかもしれない。

ただ、「清潔感がある」とか「汚い」とかは誰がみても判断できる基準なのだから、そういった「誰がみても同じような判断ができる部分」に関しては努力で磨く価値があると言えよう。

自分で運が良いと思っている

運が良いやつは「自分って、なんだか運が良いんだよね」と自覚していることが多い。

実際に運が良いがどうかは別として、これは幸せだ。たとえ、実際によくみてみると、「あれ?別に運が良いわけじゃなくね?」というような状況でも、当の本人が「俺は運が良いなぁ!」と思っていれば、本人は幸せだからだ。

しかし、その逆はどうか。

客観的にみて、「こいつは運が良いことが起こっているな」というような状況で「俺は運が悪いんだ」と思っている人は、実際に起きた出来事が他の他人から見たらとても運が良いことだとしても、結局は運が悪い、と思ってしまっているので、運が悪いのだ。

そう考えると、「運が良いやつ」というのは、実際の出来事が運が良いかどうかはさておき、「自分で運が良いと思っている奴が運が良い奴」ということになる。

あれ?そうすると、最初に言っていた、地雷を踏むやつとそうでないやつの違い、というのはどこで出てくるのだろうか?

結局は自分次第なのではないか

では、一番最初に出てきた、地雷を踏む人、たとえば運悪く上司に悪く思われてしまった人は「運が悪い人」なのか?

確かに、周りの人から見たら、その人は「なんて不運なんだろう」「かわいそう」と思うかもしれない。

しかし、本人が、「いや、俺は運が良いから大丈夫だ。逆に今評価が低いから、ちょっと良いことをするだけで評価があがる可能性がある。なんて運が良いんだ!」と思っていたとしたら、「運が良いやつになってしまう」のである。

つまり、結局は、自分次第。

どんなことが起ころうとも、自分で自分のことを「運が良い」と思っていれば、ずっと運が良いのである。

地雷を踏む人、踏まない人、の区別は、実は自分でするものなのだ。人それぞれに、それぞれの地雷があるのだから。

  • この記事を書いた人

みやこのじょん

若手医師 兼 新人ブロガー 2020年4月、田舎への転居&コロナ自粛をきっかけに、YoutubeやTwitterなどの閲覧時間が爆増。楽しむ側になるだけではなく、自分もいろんな人を楽しませたい!とネットでの活動を開始した。 趣味はネット。人生とは楽しむものである、がモットー。

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