雑記

自分で何かをやり始めるということ

歳をとるにつれて何もかもが億劫になる

これは本当にそうだと思う。

なぜなら人は「新しいことを始める時に最も労力を使うから」だ。

若い時、特に子供の頃は新しいことだらけだから、皆挑戦もするし、やりたい盛りなのでなんでもやってみて、失敗したら次のために何がだめだったのかを考えて吸収する。

しかし、だんだんと「同じことをすることの方が労力がかからない」ということに気づき「楽をし始める」と皆同じことを繰り返す。

歳をとった人が、「今までのやり方を変えたがらない」のは「楽」だからだ。

 

趣味というのは、実は挑戦するということ

挑戦するということは必ず、必ず、痛みを伴う。

苦しい。

楽しいことだけじゃない。

労力がかかる。しんどい。

 

新しいことを始める、というのはそういうことだ。

 

もちろん、挑戦するということは、成功することに期待をし、頑張って自分のスキルや知識をアップグレードして、できるようにするために挑戦をする。

 

最近気づいたのだが、「趣味を持つ」ということは実は「挑戦する」ことなのだ。

 

「趣味」というと簡単なことのようだが、なんでも「一番始め」は「え、なにこれ楽しいの?」というところから始まる。

そして、実はほとんどの人が気づいていないのだが

「本当だ!楽しい!」と感じる一歩手前に「辛いポイント」があるのだ。絶対にある。

 

その「辛いポイント」で「え、なにこれしんど」と思ってしまって「挑戦する」ことをあきらめた人達はそのことは趣味にはならない。

 

そして、運よく「趣味」になった人たちの中で、楽しい楽しい!と辛いことや苦しいことも乗り越えて、どんどんできるようになっていった人たちが、「仕事」としてそれらのスキルや知識を「お金」に替えることもできるようになる。

 

お金にするかどうかはその人次第で、99%以上の人は「趣味」で終わってしまう。

 

僕が言いたいのは少し伝わりにくいかもしれないが、

趣味を持つということも、挑戦の一つであり、実はなかなか難しいことで苦しみや痛みを伴う、ということだ。

 

なので、多趣味、という人はその苦しみを乗り越えた経験がたくさんあり、苦しみを楽しく感じることもできる人に違いないから、絶対にドMなのである。

本質的なドMだ。自分では言及していなくても、絶対にドM。そうじゃなければ、趣味をたくさん持つことなんてできない。

 

そして、成功者に多趣味なことが多いこともこれで納得がいく。

なぜなら、挑戦すること=趣味、趣味が多い=挑戦の数が多い、からだ。

挑戦して、しかも、その挑戦自体を楽しむことができる人は、何かをやり遂げるのに苦労したり、苦しんだり、痛みを伴うこと自体を楽しんでいるから挑戦し続けられるのだ。

 

自分で何かをやり始めるということ

なので、僕は昔から「あれがやりたい」「これがやりたい」と言いつつ、「全然何もやっていない」のは

やろうとした始めの1っ歩目の、「苦しいポイント」すら乗り越えようと思うほど、それらをやりたいと思っていない

のではなく、「苦しいポイントなんかあるはずないこと」=「やりたいこと」と思っていたからだ、ということに最近気づいた。

 

何事に関しても、やり始める最初の1っ歩には痛みを伴う。

 

それを念頭に置いておくと、最初の苦しいポイントが来た時に

「あぁ、これだこれだ!これを乗り越えたい!くぅ~!苦しくても頑張っちゃう!」

と頑張って、その物事を始めることができるようになるはずだ。

 

そうやって、人は自分で何かをやり始める。

 

自分で何かをやり始めるということは、そういうことだ。

 

 

 

  • この記事を書いた人

みやこのじょん

若手医師 兼 新人ブロガー 2020年4月、田舎への転居&コロナ自粛をきっかけに、YoutubeやTwitterなどの閲覧時間が爆増。楽しむ側になるだけではなく、自分もいろんな人を楽しませたい!とネットでの活動を開始した。 趣味はネット。人生とは楽しむものである、がモットー。

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