優等生
良く世間一般で言われる、優等生。
本当の優等生は、東大や医学部に行く中でも、さらに自分の中での課題を見つけ、夢や希望に向かって突き進んでいる人々のことだ。
僕はちがう。
僕は、たまたま勉強が少しできたから医学部に入ることができた。
たまたま、だ。
夢や希望に向かって突き進みたい。
とはいうものの、夢や希望って何?と漠然とした考えで、ここまで生きてきてしまった。
そもそも、優等生の「ふり」をして、「医者になりたい」と高校生まではうわべだけ言っていれば、周りから何も言われずに過ごせてきた。もちろん、実際には親の資金力や、僕への想い、環境を整えてくれたこと、というものすべてが僕の医学部合格には関わっており、自分の実力だけではない。親の協力あってこその、僕の今までの人生だ。本当に親への感謝は止まらない。(と、優等生のような発言もできるのも、僕がサイコパスだからか?いや、実際にそう思っているからだ。これは本当だ。本当に感謝している。)
実際に医学部へ入ると、そこには確かな優等生たちがいた。
もちろん、いろんな人がいたので、面白いやつらもいれば、真面目なやつらもいた。
しかし、その中で、「起業したい」とか「世界を変えたい」とか言っているやつは一人もいなかった。
冗談で僕が言っているくらいだったし、本気で思っている奴は人っ子一人いなかった。
なぜなら、そんなバカみたいなことを言っていると、
「まずは、医者になってから言えよ」
「じゃぁ、なんで医学部入ったんだよ」
と言われるからだ。そして優秀な頭脳を持っている人達であればそれだけ、「今のまま大人しく医者として働く方が良い」ということに気づき、そのままの大学人生を送る。
みんな、その程度には差があれ「僕らはみんな、医者になるんだ。人を救うんだ。」という熱き想いで学生生活を送っていた。
医者になってからそんなことを言っていると
「専門医くらいとっておけば?」
「大学院行った方が、博がつくからそうしたら?」
と言われるから、誰も「起業したい!」とか「夢を追いたい!」とか、そんなことは言わない。
事実、そうだからだ。それに気づく。
もちろん。この僕もだ。
絶望
そして、後期研修医になった僕は絶望した。
朝6時に病院へ行って、機械のコンセントを真っ暗な手術室で刺しているとき、これが、僕らが思い描いていた、かっこいい医者というものか。と絶望した。
こんな泥臭くて、雑用が多くて、誰にでもできる仕事を将来を担う若者たちに押し付けるような職業環境だったのか。と。
もちろん、こんな苦言は上級医になれば、吹っ飛ぶ。
上級になれば、それはそれで、また別の雑用が降ってくるからだ。
そして、みんな思考停止している。
なぜなら、生きる上でぎりぎりの満足ぎりぎりの給料をもらっているからだ。
高給取りなんかではない。
もちろん、やりがいはあるだろう。
勉強するべきことはたくさんある。
勉強が大好きな、優等生にはもってこいの職業だ。
でも、僕は優等生ではない。
たまたま、勉強してみたら、勉強が少しできただけだ。
その環境を作ってくれる恵まれた親の環境下ですくすくと育ったから、医学部に入れただけだ。
僕の親の教育は、間違いどころか、超成功例、超正統派の教育だった、と言っても過言ではない。
そして、その僕がこうやって自分の人生に疑問を持ち始めているのだから、他の誰かも同じように疑問を持ち始めているのではないか、というのが僕の考えなのだが、今だ僕の人生で同じような考えの人には数人しか出会ったことがない。
いや、実際には何人もいたのだろう。少しの程度は違えど、同じような疑問を持って、医者という職業をやっている人にはたくさん会ってきたはずだ。
Y君
それでも、「世界を変えてやる」「でっかいことをしてやる」という夢を持っているのは、ただ一人、Y君しか知らないしそのY君はもう、医者なんかやっていない。医者でありながら世界を変えるには、時間がもったいなさすぎるからだ。
専門医を取るまでの時間、それからの時間を考えると、世界を変えるためには、最初から世界を変えられる業界に行かなければならない。そんな当たり前のことに、気づいて医者をやめていった。
僕は、彼を尊敬しているし、この繋がりはずっと保っていたいし、一緒に世界を変える挑戦をしたいのだ。しかし、その勇気が出ない。なぜなら、言い訳ばかりの人生だからだ。石橋を叩きまくる僕の人生だからだ。失敗が怖いからだ。
そしてまた・・・
とりあえず、専門医取ってからだな。
そうやって、僕の思考もまた、停止しかけている。。。
それでも、専門医を取った後の人生の準備を始めておかねば。
まずは、専門医、その後の人生は、自分次第。